いのちが歓ぶ生き方(逝き方)

どーも。かすやです。
昨日はLICの社内勉強会。今回も素敵なゲストにお越し頂きました!!
お招きしたゲストは2月のたまケアLiveにも来て頂いた金子節子さん。金子さんは認知症になっても介護が必要になっても安心して暮らせる街づくりの実現を目指し、地域に根差した「支えあい寄り添いあい」のコミュニティやネットワーク創り、新聞TVの取材協力、講演会フォーラム等、特にレビー小体型認知症の啓発活動に力を注いでいらっしゃいます。
Youtubeに金子さんの講演の様子が上がっています。
僕が話をするより、金子さんの言葉を聞いて何かを感じでもらいたいなと思います。
「若年性レビー小体型認知症の夫を看取って」20160722
https://www.youtube.com/watch?v=gADsXsinlBA
医師や看護師、その他コメディカルにとっての日常ってありますよね。
病院や施設、在宅で患者や利用者にしている専門的な関わりのこと。
それは、医療福祉の専門家にとってはいつも通りのこと。
だけど、患者や利用者、家族にとっては、すべてが不慣れで特別である非日常なこと。
日々の業務に追われていると、意識をしていても忘れてしまいがちなことだと思う。
僕らが関わる週1回1時間以外にも、その人には6日と23時間の暮らしがある。
金子さんには、僕らが見えない暮らしをリアルに伝えて頂きました。
プロだからって全てが完璧に出来るわけじゃなくて、
プロだからこそ、出来ないことは出来ないって言いたい。
出来れば、そこで終わりにして欲しくなくて、あそこの誰々さんなら出来るかもしれないという選択肢も伝えたい。
今回、金子さんの話を聞くのは2回目でした。
医療者として聴くとすごく苦しくて、その場から逃げ出したくなるくらい、今の医療福祉の課題に対して核心をつく内容ばかりでした。一方でALSの母が子どもとして聴くと全てに共感が出来る。
その課題を真面目に解決しようとすると、60分という時間では足りないかもしれないし、きっと制度内では収まらない。じゃあ、それ以外の時間で関わりなさいよって話になるけど、うちなら出来るけど、他では出来ないという所が出てくる。
正直、ここの課題を解決するための糸口はますます分からなくなりました。
1つ分かったことは、医療福祉の専門家は金子さんのような方と話をしていく事が必要なんだなって事。病院や施設ではなくて街で。
ゆっくりゆっくり、話をしながら、お互いが心地よい距離にしていく。
離れたり、止まったりしても良いから時間をかけて、やっていく。
金子さん、ありがとうございました!!