ありがとう
どーも、かすやです。
今年は年末の気がしないね〜なんて声をたくさん聞くんだけど、僕はいつもと変わらない年末を過ごしております。
朝はいつも通り、いつものやつと走り納め。それからいつも通り会社で最後のお志事。
三ヶ日はがっつり休みます🎍
さて、2020年最後のblogになります。
今日はちょっと長くなりそうだけど、みなさん最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
今年もたくさんの方に支えていただき、そして、たくさんの素敵なご縁をいただいた1年になりました。
いつもとは違う日常になり、人と直接お会いする機会は激減したんだけど、例年よりもたくさんの方にお会いしたような気がしています。
お会いした(オンラインやSNSを含めて)方たちに、たくさんの新しい色をいただき、たくさんの新しいことに気づき、僕も会社も次に進むための準備をする1年になりました。
会社としては12月24日に7年目を迎えることができました。
6歳になりましたよ。
去年もキツかったなぁなんて書いていましたが、今年も同じかなぁ。
大変な1年でしたね。本当に大変な1年でした。
大変だったけど、すごく楽しい1年でもありました。
そして、【変わるものと変わらないもの】だったり【不易流行】ということをより強く感じる一年になりました。
みんなはどうでした??
さて、どんなことを考えて1年間やってきたのかなぁって振り返ってみると、2つのキーワードが出てきました。
判断と役割
今年1年、判断ということを常に意識してきました。
大袈裟かもしれないけど、寝ている以外の時間は常にここを考えていたかもしれません。
翌日のことや1ヶ月先のこと、半年先のこと、1年先のことを考えて、とにかく判断材料を探さないとって日々動いていた記憶があります。3月から7月までの間は特にアンテナを高く保とうと必死でしたね。
新型コロナウイルス感染症に関しては、スタッフとスタッフの家族を守りつつ、ケアを止めてしまうと生きることや暮らすことが出来なくなる利用者さんに対して、どのようにケアをし続けるか。刻々と変わる情勢を見て、スタッフと話をしながら、タイミングを外さないような判断を心がけていました。
みんなの命がかかっているって考えると、僕に出来ることは”いま”できる最善を判断することでした。
あの時は本当に必死だったと思います。いろんなことが重なって、自分でも余裕がなかったのを覚えています。
大袈裟かもしれないけど、誰一人悲しい思いはさせたくない。この一心で動いていました。
フラスタを止める判断は僕にとってはすごく複雑でした。
今だから言えるけど、僕は止めたくなかったというのが正直な思いです。
僕らの事業の主軸である訪問看護や居宅介護のことを考えると、代表という立場では”止める”という判断が最善だというのは理解していました。
ただ、普段来てくださっている子どもたちやまちのことを考えると、僕らが動くことで、何かポジティブになることがあるんじゃないかという思いもあったんです。
ここは、かなり議論したんです。丁寧な議論というより、やや感情も入っていたかもしれません。むしろ周りの方が冷静だったと思います。
代表としてはもちろん”止める”です。
ただ、そこで暮らす1人の人として考えると”止めたくない”。
ここを判断するために、多くの時間はかかりませんでしたが、対話と議論には時間をかけました。こういう経緯があったから、今フラスタがこうして動いているのは、僕にとってめちゃくちゃ嬉しいんです。
そして、2020年の大きな大きな出来事として、武蔵野台商店の閉店がありましたね。
閉店という判断によって25名のスタッフの雇用を奪うことになってしまうし、店を続けるという判断をした場合は会社が潰れるかもしれない。
しげをを中心に”良い終い方”って何だろうということを時間をかけて、丁寧に進めてくれたので、僕自身は判断のタイミングを考えることに専念できました。
今振り返ってみても、あのタイミングでの判断は最善の選択だったと思えています。ただ、25名のスタッフに対しては、申し訳ない以外に言葉は見つかっていません。
こんな感じで2020年は判断の連続でしたね。
しかも1分とか1秒でもタイミングを間違えたくない判断の連続だったと思います。
そして役割に関して。
今年はものごとの本質を考えた1年になったなって思っています。
これは僕だけではなくて、世間もなんじゃないかな。
今までそれっぽくウェーイってやってきて、なんとなくまかり通っていたものごとが、みんなが本質ってなんだろうって探し始めたことで、それが通じなくなってきた気がします。
何が言いたいかというと、自分たちの役割(目的や存在意義)ってなんだろうってところを考えて、動くことが大事なんじゃないかということです。
さっき、判断の連続だったってことを書きましたが、この判断基準は僕(ら)の役割ってなんだったっけ?ってところから考えています。
僕(ら)でいうと、シンクハピネスだったら『”いま”のしあわせをつくる』という理念があって、この理念を元に状況によって、その時の役割を考えて判断します。
フラスタが再び動き出したのにも理由があります。あそこには”まちのセカンドリビング”という役割があって、ここをベースに”いま”何をするのが最善なのかを、状況に合わせて判断していました。
会社としてじゃなくて、個人としても役割(目的や存在意義)も考えました。
僕は色々なハッシュタグを持っていると思っています。
シンクハピネスの代表取締役/府中市で暮らす住民/フラスタでコーヒーを入れている店員/CancerXの理事/ALSの母親を持つ人/LICに所属している理学療法士/府中市から委託を受けている理学療法士/草餅が大好きな人/FC東京のサポーター/バツ2の38歳/サッカーが好き/ランナー…
その時々によって、いろんな立場がありますよね。
24時間365日、いろんな場面でいろんな自分を出すと思いますが、それぞれの場面で今の自分の役割はなんだろうって意識することを2020年は続けてみました。
これは良かったのかどうか分からないけど、自分の軸が少しだけはっきりしてきたように思えます。
僕がめちゃくちゃ苦手としていたところです。
全部自分でやろうとしちゃうんですよね。
だから上手くいかないし、進まない。
そんなことを意識していると、だんだんと人の役割にも注目するようになって、あの人はこれが得意そうだから、これはお願いしようって思えるようになったのは自分でもすごいなぁって思っています。笑
会社として考えても、今はここのピースが足りないから、これは自分がやるんじゃなくて、アウトソーシングしようってなるわけです。
代表なんだからやらなけばいけないじゃなくて、会社によって代表の役割があるんだから、会社や代表の役割(目的や存在意義)を見て、それぞれが判断して、自分が勉強してやるのか、スタッフに学んでもらうのか、外の得意な人にお願いするのか、そこで判断すれば良いと思えるようになりました。
僕の好きな本でビジョナリーカンパニーという本があって、そのシリーズ2に『誰をバスに乗せるか』という内容があります。
目的地によってバスに乗せる人を選ぶんですが、選ばれなかった人がダメではないんです。例えば、A,B,Cという道があって全て目的地は一緒だとします。Aの途中に川があれば、川を渡ることが得意な人を選ぶし、Bの途中でキャンプが必要だったら、キャンプが得意な人を選ぶ。そこに適応する人がいなければ、無理して向かわせずに、誰かを探してくることが第一選択肢になると思っています。
選ぶ人も大事だけど、選ばれる人も出来る出来ない、やりたいやりたくないをはっきりさせると、良い感じにチームが組めるんです。
やっぱり長々と書いてしまいました。笑
Sync Happinessとしても、かすやあきのりとしても、日々いろんなことにチャレンジさせてもらって、その度に新しい景色を見させてもらって、色々あったけど、大変な1年だったけど、しあわせな1年でした。
やっぱり、僕だけでは何もできないんですよね。
それぞれ役割があって、支え支えられ、それぞれが補完して暮らしている。
日々、周りで支えてくださっている、たくさんの方に心から感謝です。
2021年も医療と暮らしこの2つを軸に、シンクハピネスとまちのみんなで、医療とまちの壁を溶かしながら、新しい在宅医療・福祉のカタチをつくっていきます。
そのために、圧倒的な医療福祉が提供できる専門職として研鑽を続け、平時は1人の人としてまちの人たちと一緒に暮らし、まちや人を知ることを続けていきます。
最後に。
今年も言わせてください!!
僕にとってはみんなが原動力になっています。
僕らの日常が変わろうと、何言われようと、ここだけは変わらないし、譲りません。
一人じゃなーーーんにも出来ないんです。
いつも、突っ走っては、躓いて転んで助けを求めての繰り返しで、迷惑をかけてばかりですが、これからも僕とシンクハピネスを宜しくお願いします。(最近は、突っ走る前に助けを求めるという術を覚えました。笑)
皆さんにとって、2021年も素敵な1年になりますように。
来年もどうぞ宜しくお願い致します。